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ネタバレしない読書ブログ

『長く短い呪文』(石崎幸二)

石崎幸二『長く短い呪文』(講談社ノベルス

 収録作:表題作

 区分:小説,ミステリ,コメディ

 

感想:

 ギャグのセンスが昭和――私が稀にいわれる言葉である。失礼な。私はピッチピチのギャル語を駆使する、ナウなヤングだ。

 そして、ギャグのセンスがピッチピチな私が、笑い転げてすってんてんになるのが石崎幸二が書く「ミリア&ユリ」シリーズなのである。「ミリア&ユリ」シリーズ(このシリーズの常連の仁美は、ミリア&ユリ&仁美シリーズとしてあげないと可哀想なくらい散々な目にあっているが、登場するのは『袋綴じ事件』から)はお嬢様高校の女子高生ふたりとオッサンが孤島で起こる殺人事件を解決する本格推理小説である。

 なお、このシリーズの一作目『日曜日の沈黙』は第十八回メフィスト賞を受賞している。参考なまでに順番を掲げておくと、

 

1『日曜日の沈黙』 2『あなたのいない島』 3『長く短い呪文』 4『袋綴じ事件』 5『復讐者の棺』 6『≠の殺人』 7『記録の中の殺人』 8『第四の男』 

9『皇帝の新しい服』 10『鏡の城の美女』

 

 ということになる(自信満々に書いているのは、Wikipediaを参照したからだ)。

 ミステリというのは重い話になりがちで、ゆえに東川篤哉赤川次郎などの軽妙な作品の需要が一定以上あるのだろうが、「ユリア&ユリ」シリーズは軽妙というよりも、何というか、軽い。解決編でさえギャグを挟んでくる。しかし、やっていることは、ゴリゴリの本格で、そのロジックは美しい。私的トップスリーをあげるとすれば『長く短い呪文』と『復讐者の棺』と『鏡の城の美女』。

 

 さて『長く短い呪文』である。

 

 これは冒頭16パーセント(Kindle版なのでページは解らない。アマゾンによれば222ページあるそうなので、35ページ程度だろうか)近く内容とは無関係のミステリギャグを読まされるのだが、切れ味が鋭い。たとえば、

小野妹子。日本最初の叙述トリックよ」

「まず江戸時代で大切なのは鎖国ね」ミリアが断言する。

「そうだな」石崎が頷く。

「日本全部が密室だったのよ。全ての事件を密室殺人に、それが徳川家康の狙いだったのよ」

 そうだったのか!

 私はこれを、にへぇっとだらしのない顔をして電車の中で読んだ。おかげでポーカーフェイスが、かなり鍛えられたと思う。

 読者諸氏は、肝心のミステリの内容はどうなのかと疑問に思われるかもしれない。

 これが完璧なのである

 姉も呪いで死んだとしか思えない。それを確かめるためにも帰ります。

 でも、わたしの呪いはもう解けないかもしれない。

 妹たちにも呪いはかかってるかもしれない。ただ、あの子たちなら、まだ間に合うかもしれないの。

  [中略]

 でも、だめかもしれない。

 まみちゃん、ごめんね。

 まるで『獄門島』のような手紙だが、石崎が推理する呪いの正体にはアッといわされる。この呪いには何となく前例があるようには思うが、調理方法もアプローチもまったく異なっていて、初読ではユリと同じく「そ、そんなことが」と絶句してしまった。

 そして、ミリアの推理も面白い(二重の意味で)。

「いよいよ完成したのね、ミリア。ババ抜きで犯人を当てる技」

 いうほどババ抜きで当てられていないが、ミリアが可愛いので許す。

 のほほんと読めて、脳味噌がしびれる快感をお手軽に得られるミステリ、これを読まない手はありません。

『霧が晴れた時』(小松左京)

小松左京『霧が晴れた時』(角川ホラー文庫

 収録作;「くだんのはは」「保護鳥」ほか

 区分:小説,ホラー

 

感想:

 すべて読み終えたような気もするし、あるいは読み終えた気がしているだけかもしれない。けっこう昔に読んだものだから、正直いって「くだんのはは」以外はあまり記憶にない。気になった短編をいくつか読んで、その他は流し読みだったかもしれない。それでも私がこれを勧めるわけは「くだんのはは」をどうしても勧めたいからだ。

 小松左京のSFは、そりゃあもう、神がかっている。

日本沈没』、『復活の日』、『首都消失』。

 圧倒的なディティールが、途方もないスケールを現実的に足らしめているのだ。突然現れた脅威に対し、国がどう動くか。そして人々の生活はどうなるか? 最近の例でいえば『シン・ゴジラ』のようなものだろうか。そのなかでも特に『日本沈没』はド派手なエンターテイメントであると同時に、人間心理を執拗なまでに描いた傑作である。

 さて。「くだんのはは」の話をしよう。

 主人公は「僕」である。空襲で家が焼けてしまったため、「僕」は元家政婦のお咲さんの好意で、ある屋敷に泊めてもらうことになった。

 その屋敷には病気の女の子が住んでいるというのだが――

「繃帯、ひきずってるよ」

 お咲さんはふりむいた。その拍子に洗面器の中身がまる見えになった。それは洗面器一杯の、血と膿に汚れた、ひどい悪臭をはなつ繃帯だった! お咲さんはすっかり狼狽して、台所の方へ走り去った。

 あの執拗なまでのディティール描写がホラーへ転用されると、不安感を煽るために、このような文章を平気で出す。こっちは怖いことが起こる、怖いことが起こると身構えているが、だからこそ、怖いことが起こりそうな雰囲気に汗腺がぶわぁっと開く。

 そして「不穏パーツ」とでもいえる、このような文章が積み重なり……物語は、皮肉な運命へと収束するのだ。

 ホラー短編の傑作である。日本ホラー小説大賞が短編部門を廃止したのは最近のことだけど、「夜市」「姉飼」「玩具修理者」などの傑作を生み出した短編部門を廃止してから、勢いはどんどん弱まってしまったように感じる。なぜ廃止したのだろう。ホラー短編には大きな可能性がある。それを「くだんのはは」が教えてくれるというのに。

 ちなみに、であるが。

「保護鳥」は現代となってはありふれた話であるけれど、クトゥルフ神話が好きな人は好きなんじゃないかと何となく思う。文体や物語のスケールの大きさ(これはクトゥルフのほうが大きい)は異なるが、恐怖の種類というのは「保護鳥」と「クトゥルフの呼び声」は、そう変わらないのではないか。

『撲殺天使ドクロちゃん』(おかゆまさき)

おかゆまさき撲殺天使ドクロちゃん』(電撃文庫

 収録作:表題作

 区分:ライトノベル

 

 

 

あらすじ

「もう……撲殺しないって……今朝約束したばっかりなのに……」

 僕・草壁桜は中学二年生の男子。未来の世界からやってきた天使のドクロちゃんに撲殺される日々を送っている。ある日、そんな桜の元に刺客が現れて!?

 痛快な撲殺コメディ!

 

 

 

感想

 コメディである。何といってもコメディである。

 ドクロちゃん天使なのだが、ヘタな悪魔よりずっと悪魔である。撲殺するし

 タイトルと死因は、僕を殺すから撲殺なのだろうか? そんな気もするし、偶然であるような気もする。何故なら、この物語には撲殺以外の死因は似合わないからだ。

 撲殺というダイナミックな殺害方法のチョイスが、この物語を笑えるものにしている。脳漿を撒き散らしている様を笑えるのは、この小説だけではないだろうか。試しに他の殺害方法を考えてみると、撲殺という設定が如何に考えられたものであるかが分かるだろう。大抵の殺害方法では、この小説の持ち味の『うっかり殺っちゃった☆』的要素が減じてしまう。

 はっきりいって、ドクロちゃんサイコパスである。うっかり撲殺するわ、クラスメイトをニホンザルに変えるわ……そんな彼女を受け入れられるのは、やっぱり桜くんもサイコパスだからだろう。

「約束して。絶対に学校では誰も撲殺しちゃ、だめ」

  お解りいただけただろうか? 学校『では』である。学校以外では撲殺を容認しているのだ!

 まあ、冗談はさておき。

 この小説に文章力がないと批判している御仁がいた。何と比較しているのか、と私は問いたい。小説には、その小説のジャンル・雰囲気に合わせた文体がある。たとえば「約束して」を「我と契を結び給へ」と書くのは、いかに文章力がありそうでも(なさそうだったらすみません)、この小説においては誤りだ。そういった意味では、これはベスト・チョイスな文体なのである。

 ちなみに、肝心のギャグ。私のように中高生の頃の感性を持っている人間には笑えるが、年齢が離れれば離れるほど遠くに感じられると思う。できるだけ童心に戻って読んでみていただきたい。

『現代詩文庫 94 伊藤比呂美詩集』(伊藤比呂美)

伊藤比呂美『現代詩文庫 94 伊藤比呂美詩集』(思潮社

 収録作;「生きた男の一部分」「カノコ殺し」ほか

 区分:詩集

 

 

 

感想:

 強烈なのは、「カノコ殺し」である。

 私は、この詩を別の場所で読んでいた。突然、思い出し、「カノコ殺し」が所収されている『テリトリー論2』を買おうと思ったが古書しかなく、かつ高いという始末であったので、半ばあきらめていた。ところが現代詩文庫に収められているという情報を、かなり高度な情報検索技術(Twitter検索)を用いて入手したので、喜び勇んで購入した次第。

 伊藤比呂美は女性であるわけだから、この詩は女性詩である。

 女性詩、という言葉に反感を抱く者もあるかもしれない。詩は詩であり、わざわざ「女性」を付けるということは、詩は男性のものであるという誤った既成概念によるものなのではないか?

 しかし、伊藤比呂美が紛れもない「女性詩人」であることは、そのジェンダーからではなく、その作品から読み取れることなのである。

「カノコ殺し」の一部だけ抜粋して論じることは、無粋である。というのも「カノコ殺し」(に限らず大抵の詩・小説・映画――ありとあらゆる作品)は一連の流れにあって初めて全体的な生々しさを演出するのであるからである。しかし、私の技量から処々引用しながら語らねばならない。

わたしは

カノコによく似たはずの胎児の妊娠を中絶したわけです

カノコによく似たはずの胎児は成長して

カノコによく似たはずの生児を

わたしは得られたかもしれませんが

カノコのことではない

滅ぼしておめでとうございます

滅ぼしておめでとうございます

滅ぼしておめでとうございます

「カノコ殺し」は、堕胎の話である。

「滅ぼしておめでとうございます」のリフレーンは詩中で幾度となく用いられるが、この詩が詩であるために、この反復は必要であった。この心地よくも残酷な語り口が、この詩の「詩性」を大幅に向上させているのである。

 終盤では「カノコによく似たはずの胎児」は「カノコ」に置き換えられて、子殺しのモチーフに発展してゆく。

わたしはカノコを

たのしく捨てたい

じめじめじゃなくうしろめたくなく

たのしくカノコを東京に捨てたい

 勿論「カノコ殺し」の繊細な筆致は決して真似できるものではないと思うが、私が感心するのは、伊藤比呂美には実際にカノコという娘がいて、そのエッセイで楽しげにカノコのことを語っているのにも関わらず、暴力性を伴った「カノコ殺し」が書かれたという事実に対してである。

 この詩が伝えたいものを、逆説的に「堕胎はいけないことだ」と導き出すことは容易であるが、私は何となくであるが、そんなに単純な話ではないと思う。もっと深い何かが、この詩には隠されていると、私は思わざるを得ない。

 それが何であるかと問われると、私は答えに窮するのであるが……

 何となく、本当に何となくであるけれど、この詩は当時、偶像として成立していた「おしとやかで弱々しい」女性像を根本的にひっくり返す、「女性」そのものを描く試みであったのではないかと、そう思うのである。

『痴呆を生きるということ』(小澤勲)

小澤勲『痴呆を生きるということ[電子版]』(岩波新書(新赤版))

 収録作:表題作

 区分:新書

 

 

 

感想:

 認知症について軽々しく知っているとは言えないが、身内に認知症の人間がいるため、間近に目撃している。この本は「認知症の人」に寄り添う視点で書かれている。小手先のテクニックではなく、心と心の繋がりから、認知症の人々との関わりを見つめ直していく。

 一見意味不明な「もの盗られ妄想」も合理的な心の働きなのだと、筆者は述べる。

妄想というかたちをひとまず括弧に入れて考えてみる。そうすると、この二つのこころ(引用者注:喪失感と攻撃性)は、自分がとても大切にしていたものを盗まれた時の、だれでもが感じるごく当たり前の感情であることがわかる。

(ルビ・圏点は省略)

 あったはずのものが、ない。不可解な状況が、喪失感と攻撃性を抱えた心をして、妄想に走らせる。幸いにも身内の認知症患者に「もの盗られ妄想」は見られない。「もの盗られ妄想」は日本では女性に多いというから、私の身内の男性には発現していないのかもしれない。できれば、これからもずっと。

 認知症の「中核症状」は、この本の底本が出てから十年ほど経つ今でも治すことができない。ただ、この本は「治す」ことを目的としているものではなく「寄り添う」ことを目的としているもので、その精神性に古さはなく、今なお示唆に満ちている。古代から「寄り添う」ことで人々は癒やされてきた。「寄り添う」ことで症状が改善するケースもあるという。結局のところ、彼らを下に見ることなく、同じ人間として、サポートすべきところだけサポートするという姿勢が大事なのだろうか。

 この本については別のところで触れるつもりなので、ここでは詳しく書けないのが歯がゆい。物足りないが、ここで筆を置く。

『だいたいめる子』(縁山)

縁山『だいたいめる子』(ワニマガジンミックススペシャル)

 収録作;「める子X'mas」「デイ・オブ・ザ・トイレ」他多数

 区分:漫画

 ※ネタバレはありません。

 

 

『だいたいめる子』あらすじ

 未成年お断りの18禁雑誌「COMIC X-EROS」編集部でバイトしているめる子(身長が小さい。料理が好き)と、友人のゆきえ(身長が高い。特技は一人飲み)とあてな(身長がかなり高い。百合妄想が激しい)が繰り広げる、日常系コメディ!

 

 

 

 

『だいたいめる子』感想

 まず、18歳未満の方は「COMIC X-EROS」を検索してはいけません。なぜなら「COMIC X-EROS」は実在するからです。とはいえ、カリギュラ効果というヤツで、見るなと言われたものに興味が湧いてくるのでしょうから、どうせ検索するなら両親の前でしてください。「COMIC X-EROS」の巻末漫画で、ソッチ方面の話題もたまにあるのが、少しおすすめしにくい理由。

 さて、注意書きが終わったところで、本題へ。あ、18歳未満の皆さんも、この漫画自体は18禁でも何でもないので、購入してもいいと思いますよ。ただ、やや不健全なシーンがあるので、私だったら自分の子供には読ませませんが(そう書くと気になってしまう年頃な気もしますが……)。

 この漫画、本当に面白いです。かなり万人受けするコメディ漫画だと思います。正統派のギャグから勘違い系ギャグ、メタ的なギャグまで縦横無尽キャラも可愛いし、この世界にずっと浸っていたい……と思うほどでした。3話目まで読んでこれは全部買いだと思い、全巻購入。『だいたいめる子』『それでもめる子』『おさらばめる子』の順番です。紙の本にはありませんが、Kindleには未収録作の詰め合わせの『えくすとらめる子』もあります(本編ほどのボリュームはありませんが)。

 6月くらいに買ったのだと記憶していますが、暗い中、ぼーっとスマートフォンの中で読んでいたのが、1巻の途中で電気を点け、すぐさま2巻へ移行した記憶があります。これは真剣に読むべき作品だと。まさか作者としてもコメディ漫画を真剣に読まれることなど想定していないかもしれませんが……。今でも、1週間に1回は読みかえしています。『だいたいめる子』で一番笑った話は「デイ・オブ・ザ・トイレ」。

「トイレ 借りるぞ」

「返してね」

 というやり取りがあったあとの、

「トイレ返せなくなったー!!」

 でまず笑い、

「める子か!? トイレからなんだか出られないぞ!?」

「トイレからかけてこないでよ 気持ち悪い」

 で腹筋を持っていかれました。

 いや、どれもお気に入りなんですが、特にこのお話がお気に入りです。

 活字にしてしまうと面白さが劣化してしまうので、今の見て「うーん」と悩んだ方も、ぜひとも試し読みを(だいたいめる子 無料お試し版 1巻 - 縁山 - ホビー - Yahoo!ブックストア|電子書籍サイト)。さっきからやれX-EROSだの、やれ購入すべきだと連呼していますが、私はX-EROSからの使者ではありません。Kindle版だと800円ちょっと、紙の本でも900円以内で買えるみたいですが、私の主観からすれば安いという感じです。私の趣味にあまりにも合っていて、もしかすると私のためだけに描かれているんじゃないかと思うほど面白いので(気になって調べてみたら、どうやら私のためだけに描かれているわけではなさそうでした)、本当に私みたいな人以外にはさっぱり受けないんじゃないかと思わないでもないのですが、私みたいに全編お気に入りという方は少ないにしても、3つか4つは好きになれるんじゃないかしら。少しマニアックなネタもあるので、そこが分かるかどうかが分かれ目でしょう。

 コメディ漫画の中ではトップクラスに好きな作品です。

『龍臥亭事件』上下(島田荘司)

島田荘司『龍臥亭事件』上下(光文社文庫)

収録作:表題作

区分;小説/ミステリ

※ネタバレはありません。

 
『龍臥亭事件』あらすじ

「あのう、石岡さん、霊感とか、信じます?」

 私、石岡和己二宮佳世という女性に導かれ、岡山の貝繁の、現在は営業を辞めている「龍臥亭」に泊まることとなる。だが、それは悪夢の始まりだった。ガラス張りに近い密室で、凶弾に撃ち抜かれる女性。部屋の中には人がいないことを目撃者が確認しており、壁にも傷はない。事件はこれだけではなく、龍臥亭の関係者は奇妙な形で殺されてゆき――。この奇妙な事件に終止符を打つため、私は外国にいる御手洗に手紙を出すが、御手洗は忙しくて来日できないといい、君なら解けると太鼓判を押す。果たしてワトソンはホームズになれるのか

 

『龍臥亭事件』感想

 前の『UFO大通り』では、私は散々、石岡くんが可愛いことを伝えてきた。だが、今回は石岡くんがかっこいいのである! ある人物を命を賭してでも守ろうとする。今までの逃げ腰の石岡くんではないのだ。

 石岡くんはこのときすでに四三歳。御手洗は石岡くんの三歳年上なので、四六歳という計算。ああ、すっかり歳を取ってしまったのだなあと感慨深い。私はオジサンが頑張っている姿を見るのが好きだから、特に応援したくなってしまう。御手洗といることですっかり自信を失った石岡くんが、自立する物語でもある。そりゃあ天才と二十年近く一緒にいたら、自信を喪失するだろうなあと納得するが、あの奇人とよくもまあ二十年も一緒にいられたものだ。それだけでも充分に誇れるだろうと思うのは、私だけだろうか。勿論、私は御手洗も大好きである。ふたり揃っての御手洗潔シリーズだと思っているくらいだが、それでも彼が変人であると、愛を持って断言できる。

 さて、トリックはといえばシリーズ初期に比べるとダイナミックさは減ったが、魅せ方はやはり現在の方がずっと上手い。いや、シリーズの初期からリーダビリティは群を抜いていたが、さらに成長している。そしてそれでも大きなスケール! 結論から言えば、津山三十人殺しが絡んでいるのだ。これは上巻で判明する事実であるし、Amazonのあらすじにも書いてあったと思うので、まさかネタバレにはあたるまい。いやはや、本当に面白かった面白かった本当に面白かった。上下合わせて千頁は越えていると思うが、まったく疲れを感じさせない。これは私が京極夏彦が好きだから、というわけではないと思う。もしかしたらそれもあるかもしれないが。まあある事件が偶発性に頼っているのは賛否両論だと思うが「暗闇坂」あたりで訓練されている読者なら許容範囲内であろう。……ちなみに、まだシリーズを全作読破をしているわけでもない私が僭越ながら読む順番を選んで良いのならば(あくまでも読む順番であり、作品の出来とは関係ない)、

①『占星術殺人事件』②『眩暈』③『斜め屋敷の犯罪』④『異邦の騎士』⑤『御手洗潔の挨拶』⑥『暗闇坂の人喰いの木』⑦『水晶のピラミッド』⑧『御手洗潔のダンス』⑨『アトポス』⑩『UFO大通り』⑪『龍臥亭事件』⑫『ネジ式ザゼツキー』⑬『Pの密室』

 という感じであろうか。『龍臥亭事件』は後半に読んでこそ面白さを発揮すると思う。石岡くんが出てこない話もいくつかあるが……。でも見れば見るほど豪華なリストなので、ひとつやふたつ、ちょっとなあ……と思うのがあっても騙されたと思って⑫までは読んでいただきたい。⑬はファンサービス的な要素が強いと思うので、賛否両論があることだろうから強制はしない。このブログを始めてから読み終えたもので、このリストにまだ三冊、感想を述べていないものがあるのだが、ずっと島田荘司について取り扱っていたらそれは単なる島田荘司のファンサイトなので、また時期を見計らって感想をまとめたいと思う。