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『天使の囀り』(貴志祐介)

貴志祐介『天使の囀り』(角川ホラー文庫

 収録作:「天使の囀り」

 区分;小説/ホラー

 ※ネタバレはありません。

 

 

 

 

「天使の囀り」あらすじ

 北島早苗は、ホスピスに務める看護師であり、日々患者が死への恐怖を感じているのを見ては心を痛めていた。そんなある日、恋人の高梨光宏がアマゾンから帰ってくる。死恐怖症を患っていた彼は、何故か死に強い興味・関心を抱くようになっていた。一体、アマゾンで何が起こっていたのか? 高梨は「天使の囀りが聞こえる」と言う。そして、アマゾンを一緒に探索していた関係者が、次々と謎の死を迎えいき――

 

 

 

「天使の囀り」感想

 貴志祐介の最高傑作であると思う。初期の作品であって話題に上がることも少ないが、少なくともホラーという点において、最も優れている。単行本・文庫本に収録されている作品は「夜の記憶」を含めてすべて読んだ(と思う)ので、堂々とこうした評価をつけることが出来るのだ。

 世間では『黒い家』、『新世界より』、『悪の教典』あたりが有名で評価も高いように思われるが(ドラマ化された『硝子のハンマー』もだろうか)、『天使の囀り』にはそれらを遥かに凌ぐインパクトがある。島田荘司が「処女作である『占星術殺人事件』が最高傑作と言われていることに複雑な思いを抱えている」というようなことを言っていた記憶があるが、私がこういう感想を書いた場合、筆者としては複雑な気持ちになるのであろうか。なお、『占星術殺人事件』にリンクがついていると思うが、現時点では一部の人にとってはかなりのネタバレがあるので、閲覧はおすすめできない。 

 死恐怖症の恋人が死への関心を持ってアマゾンから帰ってくるという序盤の展開からひしひしと伝わる、恐怖の予感。平成12年に初版が発行されているわけなのだが、当時のネットのアングラ感も的確に表現しており、陰鬱な、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。

 何より、天使の囀りの正体が恐ろしい。

ピッコロのような音色だが、音程が微妙に揺れている。絶えず、半音ずつ繰り上がったり、繰り下がったりしているのだ。不安定だが、不思議な魅力に溢れている音で、思わず聞き惚れてしまいそうだ。

 この音色の正体が、まさかアレだったとは……と瞠目すること間違いなしである。

 初見のインパクトが物凄いので書かないが、蜘蛛嫌いの青年が中盤で起こす行動には生理的嫌悪感を覚え得ずにはいられないし、まさにホラーとして一級品ホラー界の寿司である。生魚が嫌いな人にとっては、ホラー界のステーキであると換言して良いだろう。ベジタリアンの方にとっては、ホラー界のメロンだといっても良い。この内のどれも嫌いだという方には、読むことを諦めていただきたい。……お子様舌? 悪うございました。

 さて、本筋に戻すと序盤は少し退屈かもしれないが、騙されたと思って、とりあえず読んでいただきたい。お寿司もステーキもメロンも嫌いな人以外は。どうしても読みたかったら、お寿司かステーキかメロンを好きになってから出直してください(別にお寿司もステーキもメロンも作中には出てこないが、これは私の意地である)。

 ホラーであるからハッピーエンドではないわけだが、救いのあるラストになっている。冷静に考えてみるとドン底なんだろうが。

 参考文献/謝辞には作者の、

本を後ろから読む悪癖を有する読者の存在を考慮し(何を隠そう、私もその一人ですが)、書名はあえて割愛させていただきます。

 という心遣いもあるわけなのだが(実は私もその一人である。悪癖であるとは、これを読んで初めて知った)、ちらりと研究所の名前が見えてしまいあれこれ考えることになるので、参考文献/謝辞を先に読むことはおすすめできない。

 ただ繰り返しになるが、貴志祐介の最高傑作であろうから、読んでおいて損はなかろう。まあ『硝子のハンマー』あたりのユーモアを期待している方には、オススメできないが。

 そのうち貴志祐介の他の作品についても言及するかもしれないが、貴志祐介にハズレなし、ということを覚えておいていただきたい。あれだけ書いていれば少しは肌に合わないのはあるが、かなーり叩かれている『雀蜂』や『ダークゾーン』だって他の平凡な作家に比べれば面白いわけで。貴志祐介は、エンタメの天才です。