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ネタバレしない読書ブログ

『共喰い』(田中慎弥)

田中慎弥『共喰い』(集英社

 収録作;「共喰い」「第三紀層の魚」

 区分;小説/純文学

 ※ネタバレはありません

 

 

「共喰い」あらすじ

 高校生の篠垣遠馬の父・は、セックスをするときに相手に暴力をふるうという性癖を持っていた。遠馬の産みの母の仁子は、そんな円に嫌気が差して離婚した。円を軽蔑していた遠馬であるが、恋人の会田千種と交わろうとしたとき、首を絞めてしまい――

 

 

「共喰い」感想

 芥川賞受賞作

 暗い話なのだけど、不思議と読後感は悪くない。青春小説と書いたら顰蹙を買うかもしれないが、そう言っても問題はないのではないか。親子の血というものを丁寧に描ききった傑作だ。最近、「影裏」が芥川賞を受賞したが、私はこれを読んだとき、ようやく「共喰い」に追いつく可能性のある作家が現れたと思った。

「もらっておいてやる」

 という例の会見での発言で物議を醸した作家であるわけなのだが、彼にはそれを言っても許される力量がある。

 どうして読後感が悪くないのか考えてみると、文章が美しいことは勿論要因として上げられるだろうが、何よりユーモアがさり気なく交えられているからだと気がついた。本人が意図したかどうかは定かではないが(『田中慎弥の掌劇場』を読む限り、意図したものだと思う)、

 お互いにとって初めてのセックスは夏休み前の遠馬の誕生日まで取っておこうという約束を、一か月もしないうちに当然破り、最初のうちは数えていたが、今日が何度目だかも、もう分らなくなっていた。

 当然破り、というのが何とも面白い。三人称なのだが「当然」という筆者の私見が述べられている。これがユーモアでなくて、何であろうか。又吉直樹の「火花」には直接的な形で笑いが入り込んでいたが、こうした形での笑いというのはさりげなく、気づきにくい。しかしこうした皮肉のきいた文章が、作品世界を少し明るくしているのだと思う。近年の芥川賞の中で、最も文学の原点に近い作品ではなかろうか。

 

 

 

第三紀層の魚」あらすじ

 小学四年生の久賀山信道は、曾祖父が釣っていたというチヌを釣りたいと思っている。チヌ自体は釣れないこともないのだが、大きい獲物が釣れないのだ。曾祖父は入院中で、死を迎えようとしていた。 そんな中、信道は母から東京へ引っ越すことになると告げられる。

 

 

 

第三紀層の魚」感想

 これも魚が小道具となっている傑作中編。この作品の場合はユーモアに気が付きやすい。文章単体ではなく、文脈の中でこそ表れるユーモアだと思う。

どう考えても相談ではなく主張だった。

 は、単体で読んだ場合、そこまで笑えないかもしれないが、あの淡々とした文章の中に放り込まれると爆発的に面白くなるから不思議だ。作者もにやりとしながら書いているのではないか。

 直接的な笑いもいくつかあるが、それはぜひ実物を手にとって読んでいただきたい。

 勿論これも文学作品として成功している。教科書に全文載せても良いくらいだ。だが「共喰い」に比べると霞んでしまうような気がしないでもない。それほど「共喰い」が圧巻であったわけなのだが、作者としては「共喰い」と比べられるのは本意ではなかろうから、これ以上は書かないでおこう。